もともとは8月初旬にリリースする予定で、ほぼ準備を終えていたTopo v1.2だが、熊本地震への対応を続ける中で、設計を見直すことにした。
v1.1でスカウターが登場し、街の観測による情報カードが毎日200近く、様々な街に配置されている。でもTopoはユーザー投稿が主体としたサービスでありたいので、読むだけコンテンツが街に積まれるのは本意ではない(これぞまさに仮想積ん読)。そこで、v1.2では情報カードに対して
- 自分だけのメモを残せる
- メモは目的が明確な方が良い(音楽、子育てなど)
- スカウターからの観測質問にユーザーが答えることでカードの信頼性を高める
- そうして蓄積した情報を、チャットAIとの対話で活用する
という、Topoの最初からのテーゼである「街と対話する」機能を具体化していた。
当初は、「街の情報をもっと育てたい」「ユーザーが能動的にメモを残したくなる仕組みを作りたい」という狙いがあっての機能だったけれど、今回の熊本地震、そしてまさに一夜明けたばかりの千葉豪雨を通して、Topoで提供しなければならないことが明確になってきた気がする。
避難所や給水所などの情報は、ひっきりなしに変わる。場所が変わる。時間が変わる。突然無くなり、また復活する。そこまでの道路が平常かどうかは現地に行った人だけにしか分からない。そうした情報は、一人ひとりの小さな観測によって正確さが増していく。
そして、その積み重ねは平坦な地図では表現できない。
「今、近くで使える給水所は?」
「この避難所はまだ利用できる?」
といった問いに対して答えを出すための知識を貯めること。これぞまさに、Topoが常に掲げている「街と対話する」ことだし、人とAIが一緒に街の知識を育て、その街に問いかけることで初めて成立するものなのだと、より具体的に見えてきた。
手元で動いているv1.2があれば、ボランティアによる自分メモや観測質問への回答を集約し、チャットAIで自由に情報を引き出せるだけに、リリースできていないもどかしさもあるが、いつ起こるかわからない災害の時だけ使いこなしてもらえるものでもない。平時の避難訓練が有事に効果を発揮するように、普段から「子連れで入りやすいカフェ」や「静かな場所」を観測して街を育てる体験そのものが、有事に「給水所や避難所」の正確な情報を集約する筋トレ(避難訓練)になる。
そして熊本地震への対応を通して、UI/UXについて再確認もあった。
災害時には、多くの情報サイトが立ち上がるが、その多くは地図上に数多くのピンを配置し、「これだけ情報があります」ということを伝えるものだ。サービス提供者の立場から見れば、多くの情報があることをアピールしたいので、俯瞰して見せるためにマップにピンとなる。ユーザー側にとってもぱっと見の説得力があるだろう。
しかし、実際に情報を必要としている人の視点は違うのではないか? ユーザーが知りたいのは、「避難所が120か所あります」ではなく、「今の自分なら、どこへ行けばいいのか」の一点のみ。街全体を俯瞰した中の選択肢ではなく、「今の自分に最も役立つ一つの情報」であり、この考え方は、決して災害時だけではない。
普段の街歩きでも、
「静かなカフェは?」
「この街らしい一曲は?」
「子どもと過ごしやすい場所は?」
と知りたいことは人それぞれ。
だからTopoは、地図により多くのピンを並べることは最初からやらなかった。ぱっと見からして「我は地図アプリなり」という分かりやすさを敢えて手放したことで苦労を背負い込んだが、街の情報を人とAIが一緒に育て、その人の状況に合わせて最も価値のある一枚のカードを届ける。そして、必要に応じて街と対話しながら情報を取り出せるゴールに邁進する気持ちになっている。
今回の災害を通して、街と対話するという、「タウン版ナレッジナビゲーター」は、単なるコンセプトではなく実現しないとならないものになった。我々の毎日は、情報が溢れるなんて生易しいものではなく、情報の豪雨。通信網からも画面からも脳みそからも溢れて手に負えない。そういう時代に必要なUI/UXとして何を提示するか? Topoを通じて、あらためて考えている。